同性愛のタブーは人間が作り出したストーリーである
さまざまな宗教や国で同性愛がタブーとされていますが、同性愛をタブーにしたのは人間です。同性愛のタブーを人間が作り出したストーリーと説くのは、全世界で大ベストセラーになったサピエンス全史の著者「ユヴァル・ノア・ハラリ氏」です。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏がゲイであることについて以下のように答えています。
Q・あなたがゲイであるという事実は科学研究に影響を与えましたか?
A・はい、とても。ゲイの男性にとって、人が作り出したストーリーと、リアリティとの違いを理解することは極めて重要です。
若い頃に男の子はみんな女の子をすきになるものだと言われました。私はそれを信じていました。
しかし、そこで教えられたのは人間が作り出したストーリーであると気づくまでには長い時間がかかり、男を愛する男もいるのが現実だったのです。
ほとんどの人が信じているストーリーと矛盾していたとしても、リアリティを受け入れることは素晴らしことです。
同性愛の作られたストーリーの1つとして、「空には巨人がいて男性同士が愛し合うと激怒する」という人もいます。これは人が作り出したストーリーであり、その2人の男性が愛し合っても傷つけることがなければ、何が間違っているというのでしょうか?
空には怒る巨人などおらず、怒り出すのは同性愛をタブーとしている神父や聖職者たちだけです。
科学研究でも同じ洞察に基づいていて、科学者として「リアリティは何だ?人が作り出したストーリーはすべて忘れるべきである。世界の真実はいったい何なのだ?」と自分自身に問いかけています。
ゲイとして人の言うストーリーとリアリティが違っているなら、信じるのはリアリティであるべきだ。この教訓が私をより優れた科学者にしました。
引用:【和訳】ユヴァル・ノア・ハラリが語る、ゲイであること(そして科学研究で大事なこと)
ハラリ氏自身もゲイですが、同性愛のタブーは人が作り出したストーリーであり、現実とストーリーの違いを知ることが重要であると考えています。同性同士が恋愛をしても誰に迷惑をかけるわけでもなく、それが問題視されるのは間違っているとも語っています。
またハラリ氏の言動からも分かるように、科学者として成功するまでの原動力はゲイであることも大きな理由となっています。それでは、ハラリ氏の科学研究は性的なアイデンティティにどんな影響を与えているのでしょうか。以下のように回答しています。
Q: あなたの科学研究は性的なアイデンティティに影響していますか?
A:科学は自分のセクシュアリティをそのまま受け入れる手助けをしてくれました。
ゲイであることを不自然だと言う人もいますが、「男が女を愛するように女が男を愛することも自然は望んでいて、ゲイの人は自然のルールを破っている」という言い分です。
ゲイの人が自然のルールを本当に破っているのか?それについて完全に間違いであることを科学が教えてくれました。
不自然な振る舞いというものは存在しておらず、この世に存在しているものが何であっても文字の通り自然なものです。
人は自然のルールを破ることはできず、自然のルールは交通ルールのように決められたルールではありません。たとえば、交通ルールにおいては時速100km以上で運転してはならないというルールがあったとします。そのルールに違反すると交通警察官が車を止めてチケットを渡されます。
自然のルールは光の速度よりも早く動くことはできないと言いますが、あなたが光の2倍の速さで運転していたら銀河交通警察官がやってきてチケットを渡されるという意味ではなく単に不可能です。
しかし、あなたが光よりも速い速度で動くことができたなら、それは私たちが自然の本当のルールを理解していなかったということになります。ある状況において、光よりも速く移動することが自然だったということになります。
つまり、何かが存在するならそれは文字通り「自然」です。
女性同士が愛し合っているのであればそれは自然なことであり、それを禁じている自然のルールはありません。
同性愛は人間社会のみ存在するものだと考えている人もいますが、多くの動物にもみられる自然な行動です。
自然界の隣人であるチンパンジーは同性愛の行動が多くみられますが、これは生殖行為を目的としているのではなく、チンパンジーの社会において親密な関係を築くことや緊張を緩和することが目的となっています。
セックスが子どもを作るために存在しているためだけという考えは神秘や聖職者たちが作り出したでたらめであり、自然と不自然と言う考えについても生物学から生まれた概念ではなくキリスト教によって作り出されました。
自然であることの論理的な意味は自然を創った神の意向に沿っているという意味で、キリスト教の理論家は手足や体の器官を特定の目的で使うように人が神を創造したと言います。
神が望んだ目的のために使うなら、それを自然とみなし、神の意志に背いてこれらを使うことは不自然だとみなされます。
しかし、これらはすべて神話です。
神が人間や他の動物を作ったわけではなく、自然淘汰されたことによって生物は進化をしてきました。
進化には目的がなく、体の器官も特定の目的があって進化したわけではありません。器官の使われ方も常に変動していて、数億年に前に生まれたプロトタイプと同じ役目を果たしている器官は人の体にほとんどありません。
体の器官は特定の機能を果たすために進化しましたが、一度できあがったら別の用途に適応させることが望ましいです。
たとえば、
「爬虫類の羽は暖かさを保つために生まれましたが、鳥類の羽は空を飛ぶためのものです。それは不自然なことでしょうか?」
「指は私たちの祖先が木に登るために生まれましたが、私たちはそれでピアノを弾いています。それは不自然なことでしょうか?」
「口は食べ物を取り込むために生まれましたが、私たちはそれで会話やキスをしています。それは不自然なことでしょうか?」
「セックスは子孫を残すために生まれましたが、私たちはそれで親密な関係、友情、恋愛関係を築いています。それは不自然なことでしょうか?」
引用:【和訳】ユヴァル・ノア・ハラリが語る、ゲイであること(そして科学研究で大事なこと)
ハラリ氏は、同性愛が不自然だと言うのは人が勝手に作り出したイメージであり、男性が男性を好きになることも女性が女性を好きになることも自然なことであると説いています。そもそも人の体や感情に不自然という概念は存在しておらず、自然の摂理に対して不自然と決めつけること自体がもっとも不自然な振る舞いだと言えます。
Q: ヌードや、性を隠していないことを理由にゲイ・パレードに反対をしている人に何か言うことはありますか?
A:歴史を通してヌードが人を殺したことはほとんどありませんが、宗教的な狂言主義は何百万人という人を殺しています。ゲイ・パレードで気にかけるべきはヌードではなく、宗教的な狂言主義ではないでしょうか。
引用:【和訳】ユヴァル・ノア・ハラリが語る、ゲイであること(そして科学研究で大事なこと)
ハラリ氏は、ゲイパレードに対して文句を言うのではなく、ゲイという理由だけで殺してきた宗教、狂言主義こそ目を向けて正当性を考えるべきではないかと語っています。
ハラリ氏が考える未来
ハラリ氏は、世界に渦巻いている同性愛嫌悪に対して科学の視点から真っ向に立ち向かっています。そんなハラリ氏はテクノロジーによる人間の生存条件の浸食を怖れています。
彼によると近未来において人類の存続を不安にする脅威は「核兵器」「気候変動」「ITやバイオティック」による技術的な破壊です。このような現状に対して可能な防衛策は、学び方を学ぶというものです。
特に「批判的思考」「意思疎通」「協働」「創造性」の4つで、これらを駆使して学び続けることで自分自身を再発明して、その状況の変化にキャッチアップします。
実際に自分の意思で決めたと思っていることの多くが、スマホを通じたレコメンディーションのように外部の存在に操作された結果になりつつあります。
自分以外の存在として、IT企業や消費財メーカー、政府や宗教団体などがありますが、これらが競い合って個人の体にハッキングをして、現代社会をとらえています。
ITとバイオティックの融合によって、人間の体は気が付かないうちに内部から浸食されてしまい、自分の体の制御権を、自分以外の存在に奪われてしまうというものです。
「このような未来と同性愛にどんな関係がある?」と思う方もいるかもしれません。
同性愛が作られたストーリーであり、そのストーリーを当たり前のように受け入れてきた人も、結局は自分以外の存在に考え方を奪われてしまっていることにつながります。
思考を奪われずに自然の本質をしっかり考えることを1人1人がしていれば、同性愛嫌悪が広がることはなかったでしょう。
そして昔に比べて今はより多くの媒体によって知らないうちに自分が操作されやすくなっています。自分の意思を何かに乗っ取られないようにするためには、予め防衛策を取っておくことが重要です。
「自分のことは他でもない自分自身が一番よく知っている」この命題をAIが社会に浸透した後でも共有虚構として堅持すべきです。
具体的にどのようにするかについて、ハラリ氏は「瞑想」を提案しています。瞑想をすることによって自分の体を客体化し、それによって稼働状態を認識できるようになります。その積み重ねが自分自身のマインド=精神で、自分というマシンのOS認識につながるわけです。
外部のAIシステムが自分よりも自分のことを詳しく知ってしまう前に、自分をより深く知るために瞑想をして一種の精神的ファイヤーウォールをシステムとの間に設けることを目論んでいます。
これは、SFやスピリチュアルの話ではありません。歴史と科学に基づくリアリティのある話です。詳しくはユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書に書かれていますので、ぜひ読んでみて下さい。
同性愛タブーを作り出したのは人間!それを変えるのもまた人間
ハラリ氏の言葉からも分かるように同性愛タブーは人間が勝手に作り出したものであり、勝手な思考によって同性愛者の自由や権利が踏みにじられてきた歴史があります。
今でこそ昔に比べると同性愛者に対して寛容的な世の中になりつつありますが、これはインターネットの普及によって、あらゆる情報を取得できるようになったり、同性愛者の声がいろいろな人に届きやすくなったことが理由の1つです。
多くの人がインターネットを媒介してつながることができるようになり、作られた同性愛嫌悪のストーリーに対して、嫌悪する人も増えました。しかし、作られた同性愛嫌悪のストーリーが浸透してしまっている人の心の奥深くには、完全に消えることない嫌悪が存在しているかもしれません。
同性愛嫌悪を作り出したのが人間であれば、それを変えることができるのも人間です。
男が男を愛すること、女が女を愛すること、男が女を愛すること、女が男を愛すること、愛にはさまざまな形があります。女が男を愛することと、男が女を愛することだけが自然で、それ以外は不自然と決めつけるのはどう考えても不条理です。
誰でも無知や偏見に基づく自分自身も気付かないような無意識的な嫌悪があるのではないかと思います。以前にとある新聞の記事に「女装して自転車で疾走する中年男が出没」というニュースが記載されていました。
何の悪い事もしていないのに、中年の男性が女性の服装を着用して自転車に乗ることが不審者となってしまうのは、明らかに嫌悪感から来ているのが分かります。
しかし、それに対して、嫌悪感から来ている感情と意識する人は少なく、漠然と「気持ち悪い」「怖い」などの感情を持ってしまうのが、人の怖さです。
個人間の付き合いでは性格が合わない人もいて、好きな人もいれば嫌いな人もいます。
このような好き嫌いというのは自分の自然な感情から来るものですが、女装している中年が嫌いというのは、カテゴリーや属性で嫌いと言っているようなものであり、ヘイトスピーチと言えるでしょう。
思考を止めることは簡単ですが、思考を止めてしまうことによって知らないうちに誰かを傷つけることにつながるかもしれません。自分の1つの言動や行動で無意識のうちに誰かを傷つけてしまっている可能性があります。
それは誰にとっても同じで、こんなことを言っている自分も知らないうちに人を傷つけているかもしれません。
しかし、それが本当に自分の意思によるものなのか、カテゴリーで人を区別していないか、など自分の感情に対して客観的に考えるようにしています。
1人1人の思考を変えなければ、すぐには根本的な問題は解決しないでしょう。
同性愛嫌悪やタブーを作り出したのが人間であるように、それをもとの形に戻していくのもまた人間です。科学的根拠に基づき、同性愛に対する見解を述べているハラリ氏の言葉は心に響きます。
同性愛は「自然であること」が科学的に説明が可能だ
同性愛はアブノーマルと言われることもありますが、人道的な理由・性的マイノリティの人権を守るという考えを抜いて、科学に基づいて、アブノーマルではなく自然な現象です。
同性愛や異性愛、性的マイノリティなどで区分するのは、人間が無理やりつくりだしたカテゴリーであり、自然界にはこれらに対応する現象は存在していません。自然界には多種多様な性的な関係があるだけで、この事実に基づくと同性愛という言葉も便宜上使っているだけの言葉です。
同性愛に似た現象は動物界には広く存在していて、最近では鳥類・哺乳類を中心に1500種類において生殖とは関係がない性関係があると言われています。動物の世界でも当たり前に行われている同性愛行為は自然であり、当然ながら人間界でも同性愛は自然な現象です。
それでは、なぜ同性愛が自然ではないと言われるのでしょうか?
同性愛が異常だと言う人の言い分として「セックスは子孫を残すための行為であり、異性愛が自然で同性愛は異常だ」というものです。しかし、動物界の同性愛を見ると当たり前の現象であり、同性愛を異常と指摘する感覚こそが異常と言えます。
自然は「セックスは子孫を残すもの」といった目的では動いておらず、それどころか「強いものが勝つ」とか「生き残る」と言った目的にすら関心を持っていません。同性同士のマウンティングという説もありますが、その動機や目的は十分に解明されていません。
同性愛を排除する人は、自然を引き合いに出すことが多いですが、セックスは子孫を残すためのものと言った目的は存在せず、私たちが知っている情報や原理とは別次元の自然な現象とも言えます。
こうした現象を考えていくと神秘的であり、あたかも神が造ったかのように目的を持っているように感じます。こうした感覚が宗教の根源にもあり、信仰する人々も出てくると考えるとイメージしやすいかもしれません。
また動物と人間の違いは理性の有無であり、動物は本能的に同性愛行為をしているのに対して、人間は理性で抑えられている部分もあります。人間には理性的認識があるため、それがより同性愛を複雑化させているようにも見えます。
「自然に帰れ」と言う言葉があります。フランスの思想家ルソーの言葉ですが、原始人や動物のような生活に戻ることを意味しているのではなく、文明化のプロセスは自然化のプロセスであることを喚起する意味合いもあります。
つまり、同性愛がどうのこうのという話ではなく、異性愛を含む人類の性的文化そのものを自然に還すことが必要というわけです。
同性愛は病気ではない
同性愛は病気と捉えられていましたが、病気というと「異常」な状態であって治せるというイメージがあります。たとえば、風邪を引くと熱やせきが出たりしますが、薬を飲んで大人しくしていれば数日くらいで元の状態に戻ります。
同性愛が病気と捉えられてきたのは、風邪と同じように治療をすれば治ると信じられてきたからです。このような概念が生まれたのは、異性愛者が普通であって、同性愛者が異常であると考えられてきたことが理由としてあります。
またアメリカでは同性愛を精神障害として認定して、そのあとにドイツの医師が出産時の母親の男性ホルモンが少ないことが原因でゲイが生まれるという学説を唱えました。
こうして本来は異性愛者として生まれるはずの人が、精神疾患と同じように同性愛者になると考えられたのです。
ここで1つの矛盾が生じると思います。最初から同性愛=異常、異性愛=普通と決めつけている点です。相対的に数が少ないという理由だけで、異常というレッテルを貼られるのは障害者も同様です。
しかし、1969年にアメリカで勃発したストーンウォール事件をきっかけに、同性愛者の活動家たちは政界などを始めとするさまざまな分野に、同性愛者は病気ではないと訴えかけるようになりました。
学会もその影響を受けて、学会内でも頻繁に議論がされるようになり、同性愛者を精神障害者として扱うことをやめました。
ちなみに世界保健機構のWHOにおいても性同一性障害が病気と認識されていましたが、精神障害の分類から除外されて、性の健康に関連する状態という分類に変更されることになりました。
これによって出生時に割り当てられた性別への違和感が、病気や障害ではないと宣言されることになります。
これまでのトランスジェンダーに向けられてきたスティグマや差別の多くは、トランスジェンダーが精神障害の1つであるというのが由来になっていて、それがきっかけでトランスジェンダーのメンタルヘルスの悪化も引き起こしていました。
WHOの決定を受けて、日本でどのように戸籍上の性別変更を望む当事者の扱いが変わるのか未知であり、性同一性障害の名称や内容を修正するのかどうかも分かりません。
ただし、トランスジェンダーが病気ではなくなるからと言って、性転換手術ができなくなるわけではありません。WHOは当事者が望めば性別適合手術などの医療行為を受ける権利は保障されるべきと見解を出しています。
人間が同性愛者になる理由として科学的に分かっていること
同性愛者が自然な現象であることが分かっても、なぜ同性愛者になるのか疑問が残ると思います。
これは人によって性格が違うのと同じと考えれば分かりやすく、同じ両親から生まれてきても大人しい性格の子どももいれば、気性が荒い子どももいます。
同性愛者が生まれる理由として、大きく分けて先天的なものと後天的なものがあります。
先天的に同性愛になる理由
人間の性別で変化が起こり始めるのは、受精してから9週間後と言われています。それまでの胎児はすべて女性の形をしていて人間のベースは女性で、そこから男性が派生して生まれることになります。
女性から男性に変わるときに胎児の中では男性ホルモンが活発になって男性器が作られ、そして女性器が退化していきます。脳の仕組みも男性と女性では異なっていますが、これについても胎児の状態である程度決まってきます。
胎児が通常なら10の男性ホルモンを必要とするところ、実際には5の男性ホルモンしか得ることができなかったとします。まずは男性器の生成に男性ホルモンが多く使われますが、そこに5の男性ホルモンを使ってしまうと男性の思考を形成するために必要な男性ホルモンが不足します。
こうして性器は男性でありながら考え方が女性という人が生まれます。女性も一緒で胎児の時期に男性ホルモンの影響を受けると体は女性でありながら、思考は男性になるわけです。
母親のライフスタイルやストレスによってホルモンバランスが崩れることもあれば、胎児の体の構造的がホルモンの影響を受けやすい、受けにくいという理由で体と思考に違いが生じることもあります。
性格もホルモンの作用が影響していることを考えると、先天性によって生まれる同性愛は広い目で見ると性格が人によって異なるのと同じくらいのレベルです。
後天的に同性愛になる理由
先天的に同性愛になるのに比べ、後天的に同性愛になる理由はかなり複雑と言えます。
後天的同性愛の一つに、機会的同性愛と呼ばれるものがあります。これはもともと異性愛者であるものが、異性を得られない軍隊・学生寮・刑務所などの環境下において、代償行為として同性を恋愛や性行為の対象に見るようになることです。
また同性に対して強いときめきを感じてそれを恋愛と錯覚するパターン、昔なら陰間が男性相手の性サービスを繰り返していくうちに同性愛に目覚めるパターンもあります。
同性愛者を生み出す特定の遺伝子は存在しない
一昔前、同性愛者は特定の遺伝子によって生まれると言われていましたが、最新の研究結果で分かったのは同性愛者を生み出す特定の遺伝子は存在しないということです。
研究者たちが50万人近い人々の遺伝子を分析して、同性愛者を生み出す特定の遺伝子は存在しておらず、多くの遺伝子や環境、人生経験などが少しずつ関わっていると発表しました。
この研究はスウェーデン、デンマーク、イギリス、アメリカなどの研究者からなる研究チームで、UKバイオバンクやDNA検査企業によって収集されました。この研究で使用されたのはゲノムワイド関連解析と呼ばれるものですが、被験者のゲノム全体の遺伝子型を決定して、性的指向や同性とのセックスに関する質問の答えとの関連を調べました。
研究結果で同性愛的行動と優位な関連が認められる5つの遺伝子が見つかったものの、これらの遺伝子だけでは性的指向を左右できないことも分かりました。
この5つの遺伝子全てを持って生まれたとしても、同性愛者になる確率は5つの遺伝子を持ってない人に比べて1パーセント未満の増加です。
ただし、この研究によって新たに分かったこともあります。その1つが男性の脱毛で、脱毛に影響する遺伝子が性的指向の影響を与えていることです。
同性愛を決定づける遺伝子は存在していないものの、性的指向に関わる遺伝子はいくつも存在しており、そこに生活環境や性格なども合わさって同性愛に目覚めるパターンもあります。
遺伝子が同性愛に影響する割合は最大で25%と概算されましたが、同性愛者を遺伝子検査だけで突き止めようとしても無駄です。これは人類にとって自然でよくある変異であり、同性愛に対する治療法は開発する必要がないものです。
同性愛に遺伝が関係しているという間違った事実は、自分を生んでくれた親との確執を生む原因になります。同性愛者が差別される時代において、親は自分のせいでと嘆き、子どもは親のせいだと責めるようなこともあったでしょう。
同性愛に関する見解はさまざまなものがありますが、すべての情報が正しいとは限りません。間違った思考が知らないうちに人を傷つけてしまうことは恐ろしいことです。
「同性愛は遺伝的に決まるものではない」ということを頭においておきましょう。
同性愛が増えるとどうなる?という議論は意味がない
以前、同性愛が広がれば「足立区は滅びる」と言う発言をした議員がいました。セクシャルマイノリティに関しての発言で、端的に言うと同性愛が広がることによって子どもを産む人が減って、最終的には子どもがいなくなって足立区が滅びてしまうという内容です。
さまざまな方面からバッシングされて発言を撤回したのは記憶に新しいですが、LGBTに寛容的になった世の中と言っても、ときどきこのような発言が出てくるのが今の日本の現状でもあります。
男性同士、女性同士では子どもを作ることができないのは事実としてありますが、同性愛が広がって区が滅びというのは大きな間違いです。
そもそも、セクシュアルマイノリティの人達は人権や自由を求めているのであって、同性愛者を増やそうとしているわけではありません。
同性愛者が生きやすい世の中になれば以前に比べてカミングアウトする人が増え、それによって同性愛者は増えたように感じるかもしれません。
しかし、同性愛者はカミングアウトしなくても自分の性に抗うことはせず、そのままでも異性と結婚することはなく子どもを作ることもないでしょう。
同性愛者が生きやすい世の中になることで、同性愛者が目立つようになるかもしれませんが、同性愛者が増えるわけではありません。同性愛者は自分の性に正直に生きたいという気持ちがあるだけです。
これを言ってしまうと結婚しない異性愛者はどうなる、という話にもつながってきます。子どもを持つ、持たないというのは個人の選択によるものであり、異性が好きでも子どもが欲しいと思っていない人もいます。
もちろん社会保障の観点から不安を抱えて子どもを作らないという人もいるでしょう。同性愛に子どもができる、できないというのは取るに取らない議論です。
また同性愛でも人工授精によって子どもを産んだという事例や里親制度で子どもを育てるなどの事例も増えており、同性愛だからと言って、子どもができないということにはなりません。
むしろ同性愛者が生き生きと暮らせる社会になることで、経済が活発化することやそれによって社会保障が充実して子どもが育てやすくなる環境になるメリットの方が大きいです。
もちろん人によって同性愛に対する受け方はさまざまですが、影響力がある人の間違った発言によって、マイノリティが生きにくい社会になっていることを私たちはもっと自覚する必要があるでしょう。
これからの時代は、個人の信用と価値が大きく重要になっていく
ビジネスで成功を収めている人の特徴といえば、「組織や業界の文化に馴染んでいる人」というイメージを持つ人も多いでしょう。大企業に勤めて安定した勤務形態と給料をもらいながら働くことが成功者と言われていました。
しかし、最近は大企業に入っても幸せになることができないという声が増えています。このような風潮になりつつあるのは、インターネットが普及して、働き方の多様性が認識されるようになったことが理由の1つです。
大企業に属していなくても楽しそうに働いている人が可視化されたことに加えて、大企業でもリストラや倒産のリスクがあることから、安心して働けるとは限りません。
大企業に働くことが成功者と言われていた理由には以下のようなものがあります。
- ボーナスがたくさんもらえる
- ステータスによる承認欲求が満たされる
- 会社の中でのキャリアの選択肢が多い
- 他人からマウンティングされない
世間の目を重視する日本人にとって、世間からうらやましいと思われることに幸せを感じるかもしれません。
「他の人がこうだから自分もこう」と言った、良くない意味での日本人らしい価値観かもしれませんが、このような思考は「セクシャルマイノリティは自然ではない」と時代錯誤の発言をする事と同じような感覚とも言えるでしょう。
また、これからの時代は、AI化が進んでいくことによって、あらゆる仕事がAIに奪われていくと言われています。すでにAI化が進んでいる仕事の多くは一般的な仕事ですが、AI化することによって人件費の削減が行われ、仕事をなくしてしまう人も新たにたくさん出てきます。
簡単な仕事をAIが行うようになる時代は、人間ができる仕事はAIで対応できないものになります。AIに奪われない仕事を考えたときに、強みとなってくるのが「個性」です。
また人から「信用」されないことには、新しい仕事を生み出すことはできません。個性は「価値」であり、それを活かすための「信用」がこれからの時代には必要になってきます。
そしてセクシャルマイノリティは個性(価値)の1つになります。これまで弱点だと思っていたセクシャルマイノリティが新しいビジネスの発掘につながるかもしれないのです。
反対に個性がない人が、これからの時代に生き残ることは難しくなり、大企業にあぐらをかいて個性を磨いてこなかった人は、立場が危うくなってしまうかもしれません。
企業もゲイに対して変わりつつある
ダイバーシティという言葉をご存じでしょうか。
ダイバーシティとは「多様な人材を積極的に雇用・活用する」という経営の取り組みや指針を表しているビジネス用語です。多様性という意味があるダイバーシティですが、ラテン語のdiとverseが合わさった生まれた言葉でもあります。
ダイバーシティの考え方は、人種のるつぼと言われているアメリカの職場環境において、雇用上の差別是正が強く意識されるようになり、その権利を獲得するための運動の中でスタートしました。
海外においては人種問題を始めとして、性別や価値観、宗教などの違いを理解することが必要であり、それが企業における社会的な責任とされるようになっていますが、日本においては女性の社会進出や活用という意味にダイバーシティが使用されています。
最近はダイバーシティに重きを置いた経営をしている企業が増えていますが、セクシュアルマイノリティであるゲイもダイバーシティの考えにおいて重要な人材です。
また、ダイバーシティという言葉が日本で盛んに使われるようになったのは、少子高齢化が進んで労働力人口が慢性的に不足していることも理由としてあります。
セクシュアルマイノリティだけでなく、外国人、障害者、シニア層などの多様な人材を登用することも重要な課題になりつつあります。
日本は海外に比べてダイバーシティの推進に力を入れている企業が少ないと指摘されていますが、人口構成の変化やグローバル化と言った課題に直面している日本の企業では、成長戦略の1つとして力を入れています。
ダイバーシティの考え方も掘り下げていくと、これからの時代に必要となる個人の「信用」や「価値」につながってきます。
大企業に勤めることがすべてと言われていた時代は終わり、マイノリティが活躍できる企業こそが変化の大きい現代社会に必要になります。
日本におけるダイバーシティの歴史は長くありませんが、これからは主流になっていくことが考えられます。急速に変化している社会に対応できる力を身につけることも個々に必要になってきます。
インクルージョンとゲイの親和性
ダイバーシティと同様に近年のビジネスシーンで多く使われるようになったのが「インクルージョン」です。
インクルージョンの意味は、組織に所属している従業員のすべてが仕事に取り組んで成果に貢献できる機会があり、個々の特性や魅力を十分に反映しながらも、組織が一体となって活動している、というものです。
慢性的な人材不足やイノベーションの枯渇に苦しむ企業を救う画期的な取り組みとして注目されていて、組織内の多様性を高める「ダイバーシティ」とともに注目されています。
インクルージョンを和訳すると「包括」という意味がありますが、多種多様な価値観、考え方を組織の一部として包括し、それぞれの個性や違いを活かしてビジネス活用することによって、従業員と組織双方のパフォーマンスを向上させることが狙いです。
ここでいう個性や違いというのは、価値観や考え方だけにとどまらず、人種、性別、学歴、宗教、ライフスタイル、障害など、あらゆる個性や違いを含みます。
インクルージョンは個人の「信用」と「価値」を企業が最大限に活かすための取り組みと言えるでしょう。
インクルージョンはダイバーシティとの相性がよく、セットで考える企業も多いです。
ダイバーシティは人材の多様化を目的としていますが、推進することで、価値観の相違や衝突、対立、仲間同士の摩擦が強まって仕事が円滑に進まないリスクがあります。
また、インクルージョンは、人材が特定の属性に偏ってしまっている組織で推進をしたとしても大きな効果は望めません。
この2つの施策のデメリットは、それぞれを同時に推進していくことで、お互いの欠点をカバーできるメリットがあります。
インクルージョンが浸透していくと、社員1人1人が、広い視野から受け入れられている安心感を得ることができて、仕事に集中できることや、創造性を発揮できます。
しかし、インクルージョンを取り入れても効果が現れるまでに時間がかかる場合も多いので、数年の単位で効果を見ていく必要があるでしょう。
また、人は「無意識バイアス」によって、その人の行動だけで判断せずに、性別、年齢、人種などで無意識的に偏見を持って評価してしまう問題があります。これまでの人生で、知らない間に作られた潜在的な差別や偏見の心は、簡単に払拭されるものではありません。
日本は島国という風土もあり、多文化・多国籍と言う状況にありません。マイノリティという概念に慣れていないという特性もあるため、インクルージョンの普及には時間がかかることも想定されます。
個の時代とは
ダイバーシティ、インクルージョン、マイノリティなど、ここ数年は個人をピックアップする風潮があります。それにともない「個の時代」という言葉を耳にする機会も増えています。
個の時代と聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。
「誰も助けてくれないので、自分1人で生きていく必要がある時代」とネガティブに解釈する人もいれば「1人1人の個性を活かせる時代」とポジティブに解釈する人もいるかもしれません。
個の時代という言葉は世間に溢れていますが、明確に定義されているわけではありません。
しかし、企業のリストラ、倒産、経費削減などによって「企業に勤めていれば守られる」という一昔前の考え方は通用しなくなり、個人が自分の強みを活かして市場を生き抜いていく必要性は強まっています。
この時代を生き抜くためには何が必要でしょうか。
それは自分というブランドを確立することです。ここで注意したいのが、個の時代だからと言って1人で生きていくわけではありません。社会の中でたくさんの人と関わりながら、ポジティブに考えれば仕事は「好きなことを、好きな場所で、好きな人とする」という個の時代です。
そのためには、どういう自分でありたいか、どんな人と関わっていきたいか、について考えることも大切です。そして、組織から個人にという変遷は、マジョリティからマイノリティに置き換えることもできます。
つまり、個の力とは希少性にあります。少ないものに価値があり「他にできる人がいないからあの人に任せよう」と言われる人は、個の力が強いと言えるでしょう。
個性や信頼を活かしたフリーランスという働き方
ダイバーシティ、インクルージョンなど、ゲイも含めたマイノリティにスポットライトを当てた働き方改革をしている企業が増えています。
しかし、スポットライトを当てられることで目立ってしまい「他人の目が気になってしまう」「もっと他人を意識せずに働きたい」と思う人もいるでしょう。
また、会社がマイノリティにスポットライトを当てた取り組みをしていたとしても、そこで働いている従業員のすべてがマイノリティに寛容なわけではありません。
個性や信頼を活かして働きたいというのであれば、企業に属して働くのではなく「自分の強み」を生かしてフリーランスとして働く方法があります。
フリーランスのメリットは、仕事内容によっては今よりも収入が増加することや、仕事の選択肢が広がり、自分の時間が自由に使えるなどがあります。会社員のように決まった時間に出社する必要はなく、通勤ラッシュの電車に疲れてしまうこともありません。
自分がやりたい仕事に目標を絞って働けるため、その分野において働きながらどんどんスキルアップができるのもメリットです。
また企業に属していると人間関係改善に向けた努力や、社内イベントの参加、長い会議や人材育成などの負担もかかってきます。その点、フリーランスとして働くのであれば、これらの負担がほとんどないメリットもあります。
フリーランスとして働く場合にどんな仕事があるのか気になるところかもしれませんが、以下のような仕事があります。
- エンジニア
- Webディレクター
- Webデザイナー
- Webマーケティング
- イラストレーター
- YouTuber
- インスタグラマー
- 投資家
- カメラマン
- メイクアップアーティスト
- 農家
- 不動産
さまざまな職種をフリーランスとして、仕事にすることができます。
個人の信用と価値の上げ方
繰り返し伝えますが、これからの社会は、個人の「価値」や「信用」が重要になります。
特に信用は働く上で重要な要素の1つで、どれだけ価値があっても信用がないと仕事を得ることはできません。
特に自分で仕事を作っていく必要があるフリーランスは、社会的信用度が低いと言われているため、社会的信用度を上げていくためにさまざまな努力が必要になります。
信用を上げるために必要なことをいくつか紹介します。
実績を作っていく
信用を上げるためには実績を作る必要があります。実績があれば、ある程度のことはできますが、実績がないと人から信用してもらえる可能性が下がります。
具体的には、
- これまでの自分の経験
- 法人との取引
- メディア掲載や執筆の実績
- 売上実績、独立後の実績
などがあります。フリーランスとして自分の価値を活かした働き方をするのであれば、まずはコストをかけてでも実績を作っていかなければなりません。
積極的な情報発信
自分の価値を売るためには、自分の存在をより多くの人に知ってもらう必要があります。
今はYouTube、SNS、ブログなど、自分をアピールできる場はたくさん存在しているので、これらの媒体を活用することによって低コストで簡単に自分を知ってもらえます。しかし、積極的に情報発信をしてもその人に個性がないと、良い内容の情報を発信していても人は目にも止めません。
ちなみに、セクシュアルマイノリティは、ネット媒体で目立ちやすく、マジョリティに比べて知名度が上がりやすいメリットがあります。
これからの時代はゲイ1人ひとりの創造力が大切である
同性愛者は異性を好きになれないという理由だけで、差別や迫害されてきた歴史がありますが、「同性愛者=異常者、不自然」というのは、人間が勝手に作り出したストーリーであり、同性愛が自然であるということが科学で証明されています。
その本質をふまえて、これからどんな風に社会が変わっていくのかをイメージしながら、自分に合った生き方を模索していく必要があります。
これからは、ゲイが個性を活かして活躍できる時代がやってきます。またゲイだけでなく、全てのセクシュアルマイノリティが「創造力」で自分自身を定義していく時代がやってきます。
どのように自身を定義するかは、人によってさまざまな解釈があると思いますが、「個性」という言葉が相応しいかもしれません。
個性はひとりの人間として存在していることであり、自分に特有の性質、性格で、無理に自分を演じることではなく、ありのままの自分になります。人格と似ていますが、個性はその人を表す独自の表現です。
社会や誰かが決めたルールに囚われる事なく、自分が自分らしくあるために、創造力を持って、全てのゲイやセクシュアルマイノリティが、今できることに全力を注いでいく、そんな未来を期待しています。